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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)682号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

小松安兵衛

右代理人・弁護士

篠原武夫

被控訴人(附帯控訴人)

亡国田五之助訴訟承継人

国田秋生

右代理人・弁護士

辻正喜

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

(一)  附帯被控訴人(控訴人)は附帯控訴人(被控訴人)に対し金二四万六、八五七円および内金四万六、〇八〇円に対する昭和四二年一月一日より、内金四万六、〇八〇円に対する昭和四三年一月一日より、内金四万六、〇八〇円に対する昭和四四年一月一日より、内金四万六、〇八〇円に対する昭和四五年一月一日より、内金六万二、五三七円に対する昭和四六年一月一日よりそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  附帯被控訴人(控訴人)の附帯控訴人(被控訴人)に対する別紙目録記載の土地の賃料は、昭和四五年二月五日以降一ケ月金六、二四〇円であることを確認する。

(三)  附帯控訴人(被控訴人)その余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人(控訴人)の負担とする。

三  この判決は、附帯控訴人(被控訴人)において金八万円の担保を供するときは、主文二(一)に限り、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一承継前の被控訴人亡国田五之助(以下、亡五之助という。)が控訴人に対し、昭和三七年三月七日、本件土地を期限の定めなく、賃料一ケ月九、六〇〇円、毎年一二月三一日払いの約で賃貸したこと、亡五之助が控訴人に対し昭和四〇年一二月二八日付同月未到達の書面で本件土地の賃料を昭和四一年一月一日から坪当り月額六〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二そして、〈証拠〉を総合すると、本件土地に対する公租公課の負担の増加、土地の価格の昂騰などにより、比隣の賃料に比較して本件土地の賃料が適正を欠くに至つたことが認められるので、本件土地の賃料は、前記増額の意思表示により、後に説示するとおりの相当額に増額されたものといわねばならない。

三ところで、右相当額について検討すべきところ、本件土地の賃料につき、地代家賃統制令の適用の有無が争われているので、まず、この点について判断する。

本件建物がもと訴外神島峯二の所有であつて、昭和二五年七月一一日以前の建築にかかるものであることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、本件建物は昭和二一年一二月ごろ、神島峯二において石けん工場として使用するために建築し、倉庫として保存登記をしたものであつて、内部には間仕切り用の柱は全然なく、床は全部コンクリート敷きで、とうてい住居としての使用に供し得なかつたものであるところ、控訴人の所有になつて以後の昭和三八年ごろ、控訴人において、約一五〇万円の費用を支出して、従来の板張りの外壁をモルタル塗りに張り替え、内部に柱を付け加えて内壁をつくり、天井、床、間仕切り壁を設けて九個に区分し、それぞれに玄関、炊事場、便所をつくり、畳を敷いて九世帯の居住に適するように改造し、旧工場当時のまま残つているものは瓦葺屋根、モルタル塗りの下地板および土台になつている古材木ぐらいにすぎないことが認められる。〈証拠判断省略〉

右認定の事実によると、本件建物はもと工場として住居に使用し得ない建物であつたのを、約一五〇万円の費用を投じて人の住居に使用し得るよう内外にわたり大改造を施したものであつて、社会経済上新築と何らえらぶところはないとすべきであるから、本件建物は共同住宅用建物として昭和三八年ごろに新築されたものと同視して、地代家賃統制令二三条二項二号により同令の適用がなく、したがつてその敷地である本件土地についても同令の適用がないものと解するのが相当である。

四そこで、本件土地の適正賃料について判断する。土地の賃料は、賃貸人が賃借人に土地を使用収益せしめる対価として支払われるものであるから、通常、更地価格から借地権価格を差引いたいわゆる底地価格に対して適正利潤率を乗じて得た額に公租公課、管理費等の必要経費を加えたもの(客観的賃料)を原則とし、これに原賃料決定当時と増額請求時との間の地価の上昇率、原賃料を決定するに至つた当事者間の特殊事情、公租公課の増徴率、比隣の賃料などを参酌して決定するのが相当であると考える。

(一)  本件土地の増額請求時における客観的賃料

〈証拠〉を総合すると、本件土地の昭和四一年一〇月当時における客観的賃料は、坪当り月額九九円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  原賃料決定当時と増額請求時との間の地価の上昇率

〈鑑定の結果〉によると、原賃料決定当時である昭和三七年三月における本件土地の地価指数を一〇〇とすれば、昭和四一年一月当時における右指数は一六六、昭和四四年一〇月当時におけるそれは三二二であることが認められる。

(三)  原賃料決定当時の事情

〈証拠〉を総合すると、訴外神島峯二は昭和二一年一二月亡五之助から本件土地を賃借し、その地上に本件建物を建築所有していたが、昭和三四年三月二三日控訴人に本件建物を競落されたので、右賃貸借関係は、亡五之助、控訴人間に承継され、その当時の賃料坪当り年額六〇円(月額五円)がそのまま踏襲されたこと、その後昭和三六年一月一日坪当り年額八〇円(月額六円六〇銭、一〇銭未満切捨)に増額されたが、その後改定されることなく今日に至つていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(四)  公租公課の増徴率

〈証拠〉によると、本件土地を含む神田町一丁目二三番地の一一宅地1,459.37平方メートルの評価額は、昭和三七年度において金四七万四、一五五円であつたのが、昭和四一年度ないし昭和四四年度において金四〇五万一、七一九円に昂騰し、また右土地の固定資産税も昭和三七年度において金六、六三〇円であつたのが、昭和四一年度において金九、五四〇円に、昭和四四年度において金二万〇、四二〇円にそれぞれ増加していることが認められる。

(五)  比隣の賃料

〈証拠〉を総合すると、本件土地に隣接する訴外稲生高吉、同稲生八十八吉、同矢野トセの借地の賃料は、本件賃料増額請求のなされた昭和四〇年一二月ごろはいずれも坪当り月額九円であつたのが、昭和四二年一月からいずれも坪当り月額一五円に増額されたこと、また本件土地に隣接する訴外森山しげ子(旅館業経営)の借地の賃料は坪当り月額三八円、訴外瀬来浦市の借地の賃料は坪当り月額四〇円であること、さらに本件土地から約二〇〇メートル離れた苅田町京町一丁目の訴外阿部俊夫(バッテリー業経営)の借地の賃料は坪当り月額約四四円、訴外若松築港の借地の賃料は坪当り月額約八三円であること、もつとも訴外稲生高吉、同稲生八十八吉、同矢野トセの賃料がいずれも坪当り月額一五円であるのは、同訴外人らの賃貸借がその先々代から今日まで続いてきたことが考慮されていることが認められる。〈証拠判断省略〉

以上認定の各諸点を総合すると、本件土地の適正賃料は、鑑定人西村泰寿の鑑定において採用されているいわゆる折半方式、すなわちち原賃料と増額請求時における客観的賃料との合計額を折半した金額をもつて相当とする。そして右方式によれば、本件土地の昭和四一年一月一日以降の賃料は原賃料坪当り月額六円六〇銭と客観的賃料坪当り月額五九円との和を二で除した坪当り月額三二円(円未満切捨)昭和四四年一〇月一日以降の賃料は原賃料坪当り月額六円六〇銭と客観的賃料坪当り月額九九円との和を二で除した坪当り月額五二円(円未満切捨)となり、これをもつて相当と認める。

五ところで、被控訴人は、昭和四〇年一二月二八日付同月末到達の書面による増額請求により、本件土地の賃料は昭和四一年一月一日から坪当り月額三二円に、昭和四四年一〇月一日から坪当り月額五二円にそれぞれ増額された旨主張するが、賃料増額請求権は形成権であるから、一旦増額の効力が生じた後、さらに増額の客観的事由が発生しても、さきになした増額の意思表示の効力として、そのときから再び当然に増額の効果が生ずるのではなく、改めて増額の意思表示をしたときに、はじめてその効果が生ずるものであるから、昭和四四年一〇月一日から当然坪当り月額五二円に増額された旨の被控訴人の主張は失当であるが、被控訴代理人において昭和四五年二月五日の原審第五回口頭弁論期日において改めて増額の意思表示をしているので、その時から本件土地の賃料は坪当り月額五二円に増額されたものというべきである。

そうすると、右各増額請求により、本件土地の賃料は、昭和四一年一月一日から昭杓四五年二月四日までは坪当り月額三二円に、同年二月五日からは坪当り月額五二円にそれぞれ増額されたものといわねばならない。

六控訴人は、昭和四一年以降毎年一二月に本件土地の従前の賃料年額九、六〇〇円を亡五之助方に持参したが、同人がこれを受領しないので、その都度右金員を弁済供託している旨主張し、〈証拠〉に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は昭和四一年から昭和四五年まで毎年一二月に本件土地の従前の賃料年額九、六〇〇円を亡五之助方に持参したが、同人がこれを受領しないので、その都度右金員を弁済供託したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、昭和四一年七月一日に施行された借地法一二条二項には「地代または借賃の増額につき当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める地代または借賃を支払うをもつて足る。」と規定され、同法の附則七号には「この法律による改正後の借地法一二条二項の規定は、当該改正規定の施行前に地代また借賃の増額の請求があつた場合には、適用しない。」と規定されている。したがつて、控訴人のした前記弁済供託のうち、昭和四〇年一二月二八日付で増額請求した分に対する昭和四一年度から昭和四四年度度分までの供託については、借地法一二条二項の適用がなく、かつ債務の本旨に従つたものということができないから無効であるが、昭和四五年二月五日に増額請求があつた後になされた昭和四五年度分の供託については、借地法一二条二項の適用があり、かつ同条同項の「相当と認める」とは借主において主観的に相当と認めるをもつて足り、弁論の全趣旨によれば、控訴人においてもそのように認めて供託したことがうかがわれるので、昭和四五年度分の供託は有効である。

七そして亡五之助が昭和四六年一二月三一日死亡し、被控訴人が本件土地の権利義務を承継したことは当事者間に争いがないから、控訴人に対し、昭和四一年一月一日から昭和四四年一二月三一日までの増額賃料合計金一八万四、三二〇円(年額金四万六、〇八〇円)と昭和四五年一月一日から昭和四五年一二月三一日までの増額賃料金七万二、一三七円より昭和四五年一二月に弁済供託のあつた金九、六〇〇円を差引いた金六万二、五三七円との合計金二四万六、八五七円および内金四万六、〇八〇円に対する昭和四二年一月一日より、内金四万六、〇八〇円に対する昭和四三年一月一日より、内金四万六、〇八〇円に対する昭和四四年一月一日より、内金四万六、〇八〇円に対する昭和四五年一月一日より、内金六万二、五三七円に対する昭和四六年一月一日よりそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ本件土地の賃料が昭和四五年二月五日以降一ケ月金六、二四〇円(坪当り五二円)であることの確認を求める限度において被控訴人の請求は正当として認容すべきであるが、その余は失当であつて、棄却を免れない。

よつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴は一部理由があるから原判決を前記のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但書を仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、なお仮執行免脱宣言を附さないこととし、主文のとおり判決する。

(入江啓七郎 塩田駿一 境野剛)

別紙・目録《省略=宅地一二〇坪》

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